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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)250号 決定 1967年8月25日

抗告人 株式会社清滝

主文

原決定を取消す。

本件競落はこれを許さない。

理由

抗告代理人は抗告の理由として別紙書面のとおり主張する。

よつて先づ抗告理由第二点について考えると、

抗告人は競売申立人の債権に先だつ不動産上の総ての負担及び手続の費用を弁済して剰余ある見込がない(本件では事実競落代金額からは競売申立人に対する一銭の交付も受けられないことになつていることは本件記録上から認められる)ときは民事訴訟法第六百五十六条の類推をまつまでもなく競売手続をなすべきではないというのであるが、抵当権の実行による競売手続には前示法条の適用又は準用はないとする反対の見解(明治三十四年三月二十五日民事局長回答、昭和五年七月一日の大審院決定等)があり、実務の取扱においても右見解に従つているようである。しかしながら競売法による競売で担保権の実行のためにするもので担保権者をして優先弁済を得させることを目的とするものは強制執行と同様、私権内容の実現による保護を目的とする訴訟事件たる性質をもつており、(強制執行を非訟事件と解する説もあるが)競売の申立及びその進行には権利保護の要件として保護の利益の存することが必要であり競売申立人のために何等の利益もない手続を進行させるべき合理性は存しない。さればこの種の競売については少くとも民事訴訟法第六百五十六条、第五百六十四条第三項の規定が準用されるものと解するのが相当と考える。のみならず、このことは権利濫用の法理から考えても、権利の行使者に何等の利益も、もたらさないで利害関係人の権利に不利な影響を来すことが許容できないとする考えからしても競売手続は続行すべきではないので原決定は民事訴訟法第六百七十二条第一号に違反し違法であるから抗告人の右主張は理由がある。

よつて抗告人のその余の主張について判断するまでもなく、本件抗告は理由があり、競売法第三十二条、民事訴訟法第六百八十一条第二項、第六百七十二条第一号により原決定を取消し、主文のとおり決定する。

(裁判官 毛利野富治郎 石田哲一 矢ケ崎武勝)

別紙

抗告理由

第一点原裁判所は(一)の建物と(二)の機械器具とを一括競売に附し和孝商事株式会社の壱千五百万円の競落を認可する決定を為した。然るに原審昭和四〇年(ケ)第一、〇五二号競売申立人オーストラル、ニホンバイヤース、プロプライトリイ、リミツテツト、は(一)の建物のみの競売を申立て、(二)の機械器具については競売申立を為さず、又同事件の記録を査するに、記録に編綴の登記簿謄本によれば右申立人の根抵当権には工場抵当法第三条による機械器具目録の提出ありたる登記なきにより、右競売申立人は、(二)の機械器具に関する財団抵当権を有しなかつたものと認められる。

原裁判所が(二)の機械器具をも競売に附したのは、他の昭和四一年(ケ)第一、二二六号債権者和孝商事株式会社、昭和四二年(ケ)第一一七号債権者中小企業金融公庫の競売申立人が(一)の建物の外に機械器具等の財団物件をも共同担保とするので一緒に競売申立を為したためであろうと思われる。

ところで数個の競売申立が併合された場合競売の目的物が全事件に共通する場合には、一括競売が可能なるべきも、競売の目的物が全事件に共通していないときにこれを一括競売に附するときは、一括競売のために担保権のある物件の競落代金と、担保権のない物件の競落代金を区別できない為に、自然担保権を持たない競売申立人が担保権を持たない競売物件に優先配当を主張する様な結果を惹起し、配当が事実上不可能になる。記録に編綴の登記簿謄本に依れば、債権者株式会社松尾組、下田成太郎、オーストラル、ニホンバイヤーズ、プロプライトリイ、リミツテツトは孰れも(二)の機械器具に関しては抵当権を持たない。すなわち本件では競売の目的物、担保物が一部共通するに止まるをもつて、競売手続を併合するにしても、全部を一括競売に附すべきものではない。

各別に最低競売価額を定めて公告し、各別に競落価格を定めて競落せしめ、(二)の機械器具に関して財団抵当を持たない債権者の優先権を除外する措置を採るべきである。原裁判所が一括競売の手続を採つて一括競売に附し、一括競落を許可したのは、競売法三二条により準用せられる民訴六七二条六八一条第二項等に違反するを以て原競落許可決定は破毀すべきである(参考判例東京高裁昭和四十年三月十五日決定東高時報一六・三・五〇判例総覧民事編二九巻八四二頁)

第二点本件に添附の記録を含む全記録に編綴の登記簿謄本、競売申立書等によれば、本件昭和四十年(ケ)第一、〇五二号競売申立人オーストラル、ニホンバイヤーズ、プロプライトリイ、リミツテツトの抵当権に先だつ抵当権に、中小企業金融公庫に対する抵当債務額六百万円、株式会社三和銀行(譲受人東京信用保証協会)に対する抵当債務額三百万円、和孝商事株式会社に対する抵当債務六百万円、株式会社松尾組に対する抵当債務参百五拾九万四千九拾八円、下田成太郎に対する抵当債務参拾万円計壱千八百八拾九万四千九拾八円以上の競売申立人に先だつ優先権があり、鑑定人の鑑定は壱千参百九万円(最低競売価格)たりしを以て、競売申立人に先だつ総ての負担を弁済して剰余ある見込なきこと明らかなるにより、原裁判所としては、競売申立人にその旨通知し、負担及び費用を弁済して剰余ある競売人無きときは競売申立人自ら買い受ける保証を立てないときは競売手続を取消すべきである。これは民訴六五六条の類推を待つまでもなく、何等の利益のないのに競売手続を為すべきでないのは当然である。現に本件競売は壱千五百万円で競落せられたが、競売申立人の債権に先だつ抵当債務を弁済するときは、競売申立人は一銭の配当も受け得られない。結局債務者東宝物産株式会社(変更後の商号株式会社清滝)の所有権を失わしめ、建物の賃借人東宝実業株式会社の地位(同社が賃借人たることは昭和四一年(ケ)第五一号記録の賃貸借取調報告参照)を覆滅し、建物の関係者を苦しめるのみに終り、又かくなることが手続の進行過程において明らかなりしにより、本件競売申立人オーストラル、ニホンバイヤーズ、プロプライト、リミツテツトの競売手続は、適法なる抵当権の行使と認め得られない。

原裁判所として、競売を実施するも申立人に何等の利益を斎らさず、債務者並に建物の賃借人を苦しめるのみたること明らかなとき、すなわち権利行使か権利者に何の利益もないのにただ相手方を害するのみの目的で権利が行使されるときは、民法第一条の権利の濫用の典型的な場合なるを以て、申立人が剰余ある価格で買受ける保証を立てない限り、オーストラル、ニホンバイヤーズ、プロプライトリイ、リミツテツトの競売申立を却下すべきは法律上当然の措置たるべきに拘わらず(参考判例大判昭和十七年十一月二十日民集二十一巻一、〇九九頁)、漫然手続を進行してその競落を許可したのは、法の根基である民法第一条を適用せざる不法があるとともに、競売法三十二条第二項で準用される民訴六七二条第一号に該当するをもつて、同第六八一条第二項に基き原決定は取消さるべきである。

第三点競売期日の公告には競売法第二九条民訴第六五八条二号により租税その他の公課を記載することを要する。本件記録を査するに、競売期日の公告に、昭和四一年の固定資産税額として七三、一九〇円とある。しかし七三、一九〇円は昭和四〇年度の固定資産税額であつて、昭和四一年度のそれは八三、一九〇円であることは併合記録の昭和四二年(ケ)第一一七号中に編綴の固定資産税証明書により明かである。されば執行裁判所は誤つた租税公課を公告に記載したもので、結局適法な公告無くして行われた競売なれば、民訴六七二条第四号同六八一条第二項、競売法三十二条第二項に依り、原競落許可決定は破毀さるべきである。

第四点競売期日の公告は競売法第二九条第二項民訴第六六一条第一号に依り裁判所の掲示板に為すことを要する。記録を査するに、本件の四月二十四日の競売公告を不動産所在地の市町村の掲示板に行つた証明書は綴編しあるも、裁判所の掲示板になしたことが認められる書類がない。随つて本件競売は適法な公告なくして行われた競売たるに帰し、競売法三二条で準用せられる民訴六七二条第五号第六八一条第二項に依り原競落許可決定は取消すべきである。

第五点仮りに本件競売期日の公告が裁判所の掲示板になされたとしても、原裁判所で現在実施せられある公告の方法は裁判所建物前の植えこみの柵内に建てられた、堅牢な掲示場の頑丈な網戸並に硝子戸内に為され、その硝子戸は容易に開けられないように嵌め込まれ且つその硝子は甚だしく汚れて中の公告を透視できない、加之、その中の公告は数十枚一括して吊され到底外から公告の記載を知ることができない装置である。これを被見せんと希望する者は裁判所係員に開けてもらつて、吊されある沢山の書類をよりわけて見るより外に方法なく、その方法は不能に非らずと言うに止まり容易なことでないのが実際である。ところが競売法二九条により準用される民訴第六六一条第一項が、同法第六五八条所定の事項を記載した競売期日の公告をなさしめるのは競売の日時、場所、競売不動産等を一般不特定多数人に了知させて、なるべく多数の希望者を競売に参加せしめることを目的とするゆえ、公告の方法もこの目的に副い、人が容易に知りうるように掲示されなければ公示を行なつたといえない。原裁判所で現に実際行いつつある前記の様な裁判所掲示板の公示方法は、到底適法な公告と認め難きをもつて原裁判所としては競売法第三二条に依り準用される民訴第六七二条第五号第六七四条第二項に則り競落不許可の決定を為すべきに拘わらず、事ここに出でざりし原競落許可決定は破毀すべきである(参考判例福岡高等昭和三六年一二月一九日判決下級民事判例集十二巻十二号三、〇五九頁)

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